2020年1月25日土曜日

大義名分よりも鎮魂が効ける

公のために人のためにやってきて

大きなイベントが終わり一区切り付いたとき

全てから解放されて意宣らなくていいとなったときに力がすっと抜けた

公に人のためにと力が入り過ぎていたのだろう

その反動でもういっときは自分の為だけに生きるってなってしまって

多分目標にはある程度到達したものの

自己犠牲が大き過ぎたところがあり

自分自身が辛くなってしまったんだろうと思う

意識が変わり良い方向へと進んでいく人が出てきたのは驚きであり嬉しい反面

ずれた勘違いをしてる人に心底腹が立った、やたら怒りがこみ上げてきた

なんで数日は荒れていた

何も意宣る気にもならなかった

ただ地球平和とこの場が鎮魂しましたということだけは発することはできた

それがなぜかいい感じになって

いろいろと大義名分を発するよりもシンプルに鎮魂が一番効けると思った

むしろデジタルだけの方が良いとすら思えた

下手に意宣り反転がきついと

それで二日くらいは祓いをさぼったのですが 

日常はいい感じに過ぎた

しかし風邪をひきかけたので

今日は祓いを行った

無になることを意識して

鎮魂だけを行った

あとは何も考えない、考えたくない

これこそが空になれるのかも知れない

空になろうとする自分も祓う

まだまだ祓きれてない


2020年1月19日日曜日

お祓いをし魂を鎮め意志を宣る

最近、お祓いをし魂を鎮め意志を宣るという

神道の「祓い、鎮魂、言霊」の作法をやっているのですが

本当に落ち着きます

考えてみたら不安なこととかいろいろあるんですけれど

吹き送られて気持ちが安定します

祓い鎮魂をさぼると不安がめらめらと湧き上がってきます

土地のせいもあるのかな、あまり良い噂のない土地なので不安材料ではあります

良識ある人がなんでそんな思考になるの?っていう

おかしな言動や行動を考えをすることもある中で

自分が落ち着いていなければ本当におかしな方向になぜか行ってしまう環境

本当に恐ろしい

神道の作法に出会ってまだ一年も満たないけれど既に大きく救われた

破綻してもおかしくない関係、変えようのない相手の思考に

翻弄されてもおかしくない状況の中で

揺らぎのない自分を持ち

良くないことなどが一応丸く治まっていく

本当に本当に感謝でしかない




2020年1月18日土曜日

言葉は気持ちより強い

言葉は気持ちより強いというお話を聞きました

どうしようもなく気持ちが落ちる方向へ行くときって

主観で考えると、その時の自分は本当にそのよからぬ考えを「真なり」と思い込んでいて

でも冷静に客観的に見ると、陥りがちな自己中心な考えであったり

時間軸で見るとその思考から判断した結果が不本意な未来しか見えないことだったり

それが分かればその未来にならないために今の選択をどうすべきかっていうと

この時に自分自身にかける言葉の力って本当に大切なんです

気持ちは「真なり」へ流されていきます

だから「今はそっちへいってはいけない」とか、

「堪えた」とか、「我慢した」とか、「落ち着いた」とか、

「本来の自分をとり戻した」とか

「私は今その選択をせず幸せな老後を送った」とか

自分にブレーキの言葉をかける

これで救われることって本当にあります

おかしなことを思考したり、言ってきたりする相手と破綻寸前のとき

どう考えても理不尽だけど

今私がそれを主張したらどうなるかを客観視できたら

「言葉は気持ちより強い」ということを思い出せたら

言葉を信じて自分はおかしな方向に進むことはない

未来に続く今、未来=今に最適な選択をできるように、

言葉の強さ、力を忘れない。