2025年1月15日水曜日

夢も現実も同じ意識

 睡眠中の夢の中ではとても気分が良い

寝ている間は宇宙に帰っているという説があるが

自分の生まれ故郷に行っているらしい

夢で見る風景が宇宙とはとても思えないが、とても気分がいいのは確か

マヤ人は夢も現実と同じ現象として捉えていたらしい

精神的にきつい時は、夢から覚めると、というか、寝ぼけた状態から完全に覚醒すると現実に引き戻った時に辛さを感じることがあるが、よくない状態だと思う

潜在意識を幸せにもっていかないといけない

今この現実が幸せであることを再認識し、「幸せ」と実感すること

「幸せ」と思って過ごすことをやっていると、次の日には覚醒した時のストラスは無くなっている

人間関係で嫌なことがあった時も、そういうこともあると気持ちを整理して手放すことで、あくる朝の覚醒時も引きずらないでいられる

色々な特性の人間がいるのだからその場に合う合わない、迷惑かけ合いながら生きている

それを咎める咎めない、これは許せる許せない、とかも人によって違う

それを引きずっていては行きずらい

魂がなく、分け御霊などなく、輪廻転生もない、前世もない、カルマもない、あるのは集合意識だけというのであるならば

徳を積まないといけないと自分に強制することもない、散らかす人間を咎めることもない

不摂生してもいい、犯罪犯してもいい?これらは宇宙法則からして駄目だ

一回きりの人生なら思う存分やる、楽しむこと

人間の一度きりの一生など、宇宙の一生からすれば瞬きでしかない

これを自分時間に置いていれば気に病むことも、やる気がなくなることもない

いつもすっきりしてして、やりたいことは、はかどるしかない、迷はない

2025年1月12日日曜日

グレゴリオ暦からの解放

 現在のお金持ち養成系の多くのセミナーは、経済的、時間的自由をうたいながら、その中身は時間とお金にがんじがらめの内容がほとんどだ

目標を決めろ、いつまでにこうなると計画しろなど、未来の夢物語ばかりをイメージする様に押し付けられる

大切なのは中今

将来どうでありたいは人それぞれあるかもしれないが、人は未来に生きているわけではない、今に生きているのだ

今が心地よくなければならないはずなのに、今の自分を楽しんではいけない様だ

今はとにかく未来のために酷使に近い頑張るという行為をしなくてはならないと解いている

それは、つまらない現実ではないか

つまらない現実=つまらない人生、この方程式を強く提唱したい

心踊る現実でなくては、今のやる気も起きないではないか

仕事のやり方も最悪で、サラリーマン時間の押し付けなのだ

自営業者からしてみれば、サラリーマン時間を強要してくるやつは世間が狭い

そもそも、ここから解放されなていない人間が作り出したメソッドなど奴隷=地獄のメソッドでしかない

サラリーマン時間=グレゴリオ暦なのだ

グレゴリオ暦に縛られている以上、いつまで経っても自由になれる訳はない


2024年12月21日土曜日

鏡の向こうの日に起きたこと

 鏡の向こうセットの日を過ごしている

どんずばの鏡の向こうの日は、橋渡しの日なのだが、何が起きるのか楽しみにしていた

まず最初に、下水詰まりの工事が昼から入っており、橋渡しの紋章を持つ友人が工事を取り持ってくれて、すっかり解消した

そして、夜に起きたことは、好きだった場所が嫌いになるという出来事が

橋渡しの役目をしていた後輩が、私の立場からすると、ぽんこつなる振る舞いをする結果に

お膳立てしてくれたんだろうけど、私にとっては良くないと感じられてしまった

更に、コミュニティが嫌いになる結果に

律動の月は昔からサイクル的に良くない

大病をするのはいつもこの月、知的、精神的にも宜しくなさそう

働きかけもしない方がいいのではないかと、行動したい衝動を堪えて、大人しくしていた方がいいのではないかと感じていた

それが見事に的中。相談持ち掛けた相手を間違った自分もよくなかったかも、反省。

ただ、その人が幹事なんで仕方なかった

ただ、ことの発端となる行動をする友人が、反対キンで、それが、私が行こうとするベクトルと全く合わない、反対キンの作用なのか。

なので、面白そうだから、実験的に嫌いになったコミュニティにその友人を連れて行ってみるのもいいかなともふと思えた。

どんな化学反応起こすのか?

しかし、反対キンの恐ろしさ身に沁みたかも

付き合っていくうちに辛くなるとはこのことなのか

私のベクトルを通せば友人が辛いのかも知れない

そこのところ、確認してみよう