今年はなんかずっとばたばたしていた
7月の終わり頃から習い事を始めて、10月が忙しいのは分かっていたのでやるなら今のうちにと言わんばかりに
8月の終わり頃にはもう一つの習い事を申し込んだ
これが動画受講なのにひと月毎に期が区切られており10月期に回された
何のための自宅学習だよと思った
お陰で一か月は最初の習い事のシステム構築に労力を費やす事ができたが
9月末に左足首を捻挫してしまうという、とんでもない事故をやらかしてしまう
ただ掃除機をかけていただけの行為だったが、寝不足だったかなとか、仕事は割と前倒しでやっていたのでそんなにはあせってもなかったのだが
なんでこんな酷い怪我になったのか分からない
アガスティアの葉にも載っていたのだろうか、こうなる事は
ただ、この事故をきっかけに、私は病気や事故や身体不自由な人への共感力を磨いた
きっと今後やっていこうとしている仕事の中で、人の痛みに寄り添ったり、人の苦悩の言葉に耳を傾けたり、共感したりということができないと難しいからではないかと
それで、この機会は与えられていたのではないかと、それしか思い当たらない
それで、二つ目の習い事に関しては、週一回土曜のリモートミーティングなどは失礼させて頂いた
サラリーマン的思考の人とはまず生活習慣も時間も考え方も発想も合わない
最初の習い事の個人コンサルのお誘いには早く参加したいのだけれど、二足歩行できる様になるまでは我慢かな
10月は本業がこの12年間やってきた中で最高と行っても過言ではない鬼の忙しさだった。
本業の繁忙に加えて、二つの習い事の課題に、左足が使えないし治療もしていかないといけない
この間に足の傷も振り返したため、珍しくメンタルもやられるんじゃないかと思えた日もあったが忍々、兎に角、堪え忍んだ日々
気が休まる暇がない日々が2か月以上は続いていたが、ようやく先週から課題を全て提出しきったのでひと息ついている
そんな甲斐あって、足の方はまだ痛いけど少しずつは良くなってきている手応えはあるし
なにより習い事の課題から解放されている今週は精神的に安らぎを感じている
頑張ってきた自分、頑張っている自分を褒めたい
腑抜けのようになってしまう自分になることを不安視していたが
足の怪我は別にして、それ以外は一旦落ち着いたところで、最初の課題のシステム構築を更に進める気力が湧いてきてよかったと思う
何事も器がいっぱいで満たされていると新しいものは入り用がない、宇宙法則ですね、器とはそうなのだ
器繋がりで、昨日メモを整理していて出てきた概念
私という個人自体は無力で無能だが、私を存在させている空は万能で全能である
不安など浮かべなくてよい、あるがままに身を置いていれば空(くう)からそれは与えられる
その時に器を空にしておくことは大切ですね