2024年12月21日土曜日

鏡の向こうの日に起きたこと

 鏡の向こうセットの日を過ごしている

どんずばの鏡の向こうの日は、橋渡しの日なのだが、何が起きるのか楽しみにしていた

まず最初に、下水詰まりの工事が昼から入っており、橋渡しの紋章を持つ友人が工事を取り持ってくれて、すっかり解消した

そして、夜に起きたことは、好きだった場所が嫌いになるという出来事が

橋渡しの役目をしていた後輩が、私の立場からすると、ぽんこつなる振る舞いをする結果に

お膳立てしてくれたんだろうけど、私にとっては良くないと感じられてしまった

更に、コミュニティが嫌いになる結果に

律動の月は昔からサイクル的に良くない

大病をするのはいつもこの月、知的、精神的にも宜しくなさそう

働きかけもしない方がいいのではないかと、行動したい衝動を堪えて、大人しくしていた方がいいのではないかと感じていた

それが見事に的中。相談持ち掛けた相手を間違った自分もよくなかったかも、反省。

ただ、その人が幹事なんで仕方なかった

ただ、ことの発端となる行動をする友人が、反対キンで、それが、私が行こうとするベクトルと全く合わない、反対キンの作用なのか。

なので、面白そうだから、実験的に嫌いになったコミュニティにその友人を連れて行ってみるのもいいかなともふと思えた。

どんな化学反応起こすのか?

しかし、反対キンの恐ろしさ身に沁みたかも

付き合っていくうちに辛くなるとはこのことなのか

私のベクトルを通せば友人が辛いのかも知れない

そこのところ、確認してみよう

2024年12月19日木曜日

やさしさは宇宙、痛いシンクロニシティが喜びへと変わる瞬間

 新しい年を迎えた1月3日は青い律動の嵐の年、磁気の月、KIN22、音9

西暦でいうと2024.7.28

この日に地震が起きた

9月7日にも書いたが、大切な転機地点なのでもう一度記しておく

ここから自分の在り方が変わった

現実世界は同じなのに見えているものが変わった

感謝に満ち溢れ、優しさ、他人への思いやりをもっと持たなければならないと魂に刻まれる

悟りとも言うべきこの体験は忘れてはならないと

より空と言われるものに近づいたように思える

臨死体験はしたことないが、これが空なのかも知れない

今の現実が幸せ、今の現実を続けさせてくださいと

改善したいところはあるけれど、力はそんなに入れたくない

それは、自分を存在させているものは完全で万能であるならば、それを操作しようとすることや変えようとすることは、無理がある

空の境地が「起きることをただただ受け止めればいい」

だとするならば、不意に起こしてしまった事故

なぜこの繁忙期にほんの些細なことからこんなに大事になってしまったのだろう

何かばちが当たったのかなど、いろいろと考えを巡らすも答えは出ない

しかし、分かったことには、以前から体を鍛えたいという願望があった

怪我を通して筋肉が鍛えられ、リハビリを通して体を鍛えるという世界を知った

肢体不自由な人の気持ちも分かり、また、周囲の人からやさしくされることで、やさしさの大切さを知り、自分と、自分以外の人へより優しさや思いやりを発揮できるようになった

実は、天罰でも、因果応報でも、神の時間調整でもなく、自らが引き寄せた、意味のある偶然の一致なのではないか

これが一番しっくりくる、なので、シンクロニシティというものは痛すぎることも起きる

と言うことだ、とても、面白い体験をした

最近、そもそも、自分と他人とか、自分以外の人などという概念に違和感を感じる

主体と客体という概念はあれど宇宙は一体なのだ

自分が怪我をして体も、それにより心も病んでいる状態は地球にとってもよくない

苦しんだり、悲しんだりしていたら、やさしさで修復するべきだ

人へのやさしさとは宇宙を宇宙本来の状態に保つための調整

「宇宙とは、至福と喜びに満ちていてそれが永遠に続いている」

のであるならば、人にやさしく、親切にすることは宇宙そのもの

宇宙と一体化しているということになる



2024年11月26日火曜日

腫れも引いてきて

 昨日は朝からガラッと調子が良かったので

大きめのスーパーで1週間分のお買い物をしました

膝も少し曲げられる様になったので、曲げながら歩いてみると

急な運動に膝回りがびっくりしたのか、これまでにないおかしな痛みが、だけど、それも嬉しい、動かせる様になった喜び!

結構歩き回ったので、これまでの経験上では、夜にかかとが腫れまくるのが通例となっていましたが

そんなに晴れてる様子もないし、夜には足の感覚が無くなるほど浮腫むこともなかった

治り始めてる実感が嬉しい!

リハビリをきちんとして元通りになります

産土様へのお参りが待ち遠しい

これまでのことのお礼にまずは行かないと、そして、新しいことへの意志を意宣ってから挑戦したいという思いもあり

ああ待ち遠しいなあ


2024年11月25日月曜日

ようやく強い光が見えはじめた

 今日は巳の日で天一天上、水回りをきれいに

左足首の経過について

これまで痛くても動かしなさいという方々からのアドバイスがあり頑張ってやってみるものの

動かすと塞ぎかけた傷口が開いた様な感じになって、痛くてとてもじゃないけどリハビリなんて無理、こうなると強い痛みが消えるのに2日はかかります

痛くない範囲でと言いますが、その塩梅が難しくて失敗の連続で一進一退の日々

これまで、出来れば車椅子で移動したい気持ちしかなかったけれど、足の感覚や体幹を少しでも維持するために、何とか松葉杖一本で過ごしてきた

それも一番きついのは朝イチの歩行、体が起きてないからか、車椅子に逃げたくて仕方がない

ところが、今朝は初めて、起きて歩いた瞬間、あれなんか歩けるかも、苦痛さが割と軽減した、左足に少し体重がかかっても傷口が固まってきて、耐えられそうな感じになってる

怪我から、2か月と28日の朝、ようやく大きな手応えを掴んだ

怪我した時は、本当にどうしてこんな事になったのか不思議で、一年中付けている結界ネックレスを外していた期間でもあったが

KIN83、青い夜、青い嵐で青い嵐の13日間中の出来事だった、今後もこの期間は要注意だ

そこから、KIN141、赤い龍、青い猿の日に治癒の兆し

KIN130、背骨の頂上4日間、白い犬の13日目ギフトの日に受けたセカンドオピニオンの日から自分のガイドである青い猿の背骨期間を経て

11日目は、変化の時、これまでの悶々とした57日間から解放される時が来たということかも知れない



2024年11月20日水曜日

シンクロが起きました

 昨日、某氏の魂の誕生日だということを書いたのですが、

なんと、その某氏がイベント終わりの歓談時間にふらっとお店にお見えになりました

この方の拠点は、東京と大阪なので地方にいることは珍しいことなのです

某氏に今日は、キンバースデーである事を伝えると喜んでいらっしゃいました

来てよかったとおっしゃっていました

その後も演者やお客さんの特性を見ていると、

あるお客さんが、ご自分の中の理想と、思い通りにいかない現実に、長らく職場で諦めモードでいらっしゃった様なのですが

何故か、上手くいかない現実になってしまう自分に対して、自分は負け犬と思っていたけれど、そうじゃないという事が分かって、とてもすっきりしました、と晴れ晴れとした表情で帰っていかれました

初めて、ツォルキン暦の特性を紐解いて人助けができたので私自身嬉しくなった次第

こういった話は、霊感ないから信じないとかいう人でも、わりと皆さん好きですね

これからも何か皆さんのお役に立てれば嬉しいですね


2024年11月19日火曜日

神の時間調整

 9月末の酷い捻挫から3週間目に、避けられない繁忙の故に怪我の状態が悪化し

それから更に2週間のフィックスを経て、ようやく一般的に言われる捻挫後4週間から6週間くらいの容態になってきたのかなという感じがしている

怪我から1か月と3週間である、長い

この間は、今もそうだが自由に外を出歩くことができない

毎日家と店の往復くらいで、病院や買い物は車を出してもらうがそれも2から3週に一度で夫も忙しいので頻繁にお願いできない。

自力でなんとか行こうとするも、当たりどころが悪いと痛むし、下手に動けば悪化するため、とてもストレスが溜まる

この期間の足踏みは実にもやもやする思いだが、それにより、患部の状態や、捻挫後にやってはいけないことや、リハビリの仕方などを研究することができた

これを知らずに過ごしていたら、そそっかしい自分のことなので、また重大な事故を起こしていたのかも知れないと

ところで、再来年でツォルキン暦が一周する

これに当たり、これまで何か色々と押し除けてまで進んできた事があったなら、今回は、長い信号待ちだったけれど、半世で無理に進めた時間の調整を今ここの交差点でしているのかも知れない

ここでの足踏みにより、今後が円滑に進む様になっているのかも知れないと、ふと思ったり

何か別の意味があって違うかも知れないけれど、自分の思考的にはそういうことで落ち着いた

残念なことに、この間にイベントごとがあったが、どれも参加することはできなかった

そこまで執着する事はなかったので特に悔しい思いはないけれど、羽を伸ばせてない実感だけは残る

修練の毎日、この足踏み期間をとことん全うしようと、それしか選択肢がない。

歩ける様になったら、これまでの御礼参りを産土様にしたい

12月はまた繁忙となるので、傷が塞がってくれないと困るのだ

ところで、今日は夫の友人で元衆議院議員の某氏の魂の誕生日であることに気付いた、青い鷲、青い猿、背骨キンの人でした

心の声に従えということで、銀河脳で宇宙に一番近い人らしい応答だなあと

現政権もあまり長く続かなさそうだし、時期総理の時には議員として必ず返り咲いてほしいと、夫共々応援している次第です

2024年11月14日木曜日

遂にセカンドオピニオンに行くことに

 捻挫から1か月と1週間が経ったが

足の腫れも痛みも変わらない

昨日のこと、捻挫経験者にいつから体重かけて歩いていいのか訊ねると

まず松葉杖をつきながら可動域を広げていくリハビリをしていくそうな

それから少しずつ体重をかけられる部分を多くしていくみたいな

現在かかっている病院は、現状の説明も求めなければしなかったし、これからどうすればよいかも説明しない

リハビリの話など全く出ない

どうやって治せばいいんだ?

2週間後に歩いて良いと言われたときに無理しすぎて痛みが悪化して、それ以降は歩くことがトラウマに

だが、今日行った個人の先生は患部の痛い箇所を探って現在どの様な状況なのか丁寧に説明をしてくださり

今するべきこと、今後どうなっていくべきかをきちんと導いてくださったので

今は安静にする時期ではないと知り、帰ってすぐにリハビリを始めた

この1か月を返してほしいと思った

やっていいこと、どうやるべきかなど医師ならきちんと患者に説明するべきだ

藪医者とはこういうことかと

良い勉強になったなあ

痛いけど動かしていいとわかり、可動域を広げる為にストレッチを開始した

その途端にふくらはぎや足の指周りがあっという間に楽になった

本当にこの1か月は何だったんだろう

ところで、気付いたら今日はKIN130で白い鏡の13日間の13日目でギフトの日ではないか!

そうか、それで悩まされてきた捻挫の治癒の遅さに対して回復への方向が示され、状況が好転したのかと、合点がいった

今の目標は、普通に歩ける様になることという、本当にごく当たり前で小さそうだが、最も基本的で重要な目標だ、これをしかと心に刻んだ

しかし、刻印を打つのは明日がいいのかも知れないが、まあいいか、明日しっかり噛みしめようとおもう

また、今日は古代マヤ暦では夫のキンバースデーでもあるが、夫に言っても意味がわからないので特には言わなかったが、特別な日には変わりがない

そして、明日は、父のキンバースデー、どんな夢を見るのだろうか

古代マヤ人は、夢も現実にある現象の一つと捉えていたそうだ

だとすれば、夢に出てくる父も現実の父だということになる

また、誰か話されたけど、人は寝ている間に宇宙に戻っていると言っていた

赤ちゃんのうちは寝ると月に帰ると聞いたことはあるけど、大人も一応は宇宙へ帰っているらしい

確かに寝起きはどこにいるのか、何時なのか時空の方向を見失なうことが多い、自分が選択した現実を必死で思い出す様なことというべきか?!

パラレルワールドがあるならば、それも頷ける

沢山の分岐のどこを自分が体現した現実として生きているか、思い出すというよりかは、その現実に否応なく置かれているので、宇宙から戻ってきて、ああここか、みたいな感覚なのかも知れない

2024年11月8日金曜日

繁忙中の大繁忙をくぐり抜けて

 今年はなんかずっとばたばたしていた

7月の終わり頃から習い事を始めて、10月が忙しいのは分かっていたのでやるなら今のうちにと言わんばかりに

8月の終わり頃にはもう一つの習い事を申し込んだ

これが動画受講なのにひと月毎に期が区切られており10月期に回された

何のための自宅学習だよと思った

お陰で一か月は最初の習い事のシステム構築に労力を費やす事ができたが

9月末に左足首を捻挫してしまうという、とんでもない事故をやらかしてしまう

ただ掃除機をかけていただけの行為だったが、寝不足だったかなとか、仕事は割と前倒しでやっていたのでそんなにはあせってもなかったのだが

なんでこんな酷い怪我になったのか分からない

アガスティアの葉にも載っていたのだろうか、こうなる事は

ただ、この事故をきっかけに、私は病気や事故や身体不自由な人への共感力を磨いた

きっと今後やっていこうとしている仕事の中で、人の痛みに寄り添ったり、人の苦悩の言葉に耳を傾けたり、共感したりということができないと難しいからではないかと

それで、この機会は与えられていたのではないかと、それしか思い当たらない

それで、二つ目の習い事に関しては、週一回土曜のリモートミーティングなどは失礼させて頂いた

サラリーマン的思考の人とはまず生活習慣も時間も考え方も発想も合わない

最初の習い事の個人コンサルのお誘いには早く参加したいのだけれど、二足歩行できる様になるまでは我慢かな

10月は本業がこの12年間やってきた中で最高と行っても過言ではない鬼の忙しさだった。

本業の繁忙に加えて、二つの習い事の課題に、左足が使えないし治療もしていかないといけない

この間に足の傷も振り返したため、珍しくメンタルもやられるんじゃないかと思えた日もあったが忍々、兎に角、堪え忍んだ日々

気が休まる暇がない日々が2か月以上は続いていたが、ようやく先週から課題を全て提出しきったのでひと息ついている

そんな甲斐あって、足の方はまだ痛いけど少しずつは良くなってきている手応えはあるし

なにより習い事の課題から解放されている今週は精神的に安らぎを感じている

頑張ってきた自分、頑張っている自分を褒めたい

腑抜けのようになってしまう自分になることを不安視していたが

足の怪我は別にして、それ以外は一旦落ち着いたところで、最初の課題のシステム構築を更に進める気力が湧いてきてよかったと思う

何事も器がいっぱいで満たされていると新しいものは入り用がない、宇宙法則ですね、器とはそうなのだ

器繋がりで、昨日メモを整理していて出てきた概念

私という個人自体は無力で無能だが、私を存在させている空は万能で全能である

不安など浮かべなくてよい、あるがままに身を置いていれば空(くう)からそれは与えられる

その時に器を空にしておくことは大切ですね


2024年11月5日火曜日

不思議な夢

 昨日不思議な夢を見た

大木が街中に4本並んでいてそこを父と共に歩く夢

父は亡くなっていてたまに夢に出てくるが、明け方に目を覚ました時には、私が足のことで不安になっているので心配して出て来てくれたのだろうと思った

そして、再び眠りにつき、次に見た夢は

銀河鉄道の様な新しい列車に夫と乗っており、無くしたはずのアクアマリンの指輪が(夢の中での想定)ふと現れ

それを身に付けて目的地の駅で降りると、夫と連れ立って勢いよく階段を降りていく私

ちょっと待ってと、足を気にするも痛くない!歩けてる!って夫に話す自分がいる

そこで目が覚める

足が使えている夢だった

今日は、一週間地面に着けてない左足を、忙しさに迫られて無理矢理着かなければならない場面が来るかもしれないと

そんな時に左足が持ち堪えられるのか、不安でいっぱいな私に見せてくれた

恐らく父が、KINナンバー131の父が、私にとってアクアマリンは父のエネルギー、父の波動そのものだから

何か自分が宇宙の中に生きている、宇宙空間に活かされている様な、そんな感覚になる

父が亡くなってからというもの父の導きという助けにより私は生来てこられている

生前はこの地球上でテニスをしたり仕事の話や色々な話をしたり関わってきたけど

銀河へ旅立ってからは、人地の及ばぬところで沢山導いてくれて、今の方が寧ろ繋がりが深い様な気がしている

もし地球上だったとしても、地球上なりに、あの時よりは今の方が繋がりが深くなっている自信はあるけれど

そんな、昨夜の夢と、今日一日無事に終える事が出来たことへの感謝の気持ちを、父と先祖類代の御霊、遠津御祖之神、国津神、天津神、大宇宙へ祈りながら床につく。

2024年11月4日月曜日

捻挫から1ヵ月と1週間

 先々週の土日が店始まって以来、一位二位を争う忙しさで

治りかけていた足がなんと腫れ上がって痛みが出て足が地面に着けなくなっていた

それもそうだ、2日続けて11時間休憩なしの立ちっぱなしたったのだから

日曜の仕事終わりは歩ける自信がない程に体はぼろぼろで疲れ果てていた

そして、月曜の朝に痛みが戻っていて傷口が開いたような感覚だった

それから一週間は左足を一切使わず松葉杖生活に逆戻り

その甲斐あって少しずつ良くなって来たような気もするが

今日はまた鬼のように忙しい貸切で人員不足で足をつかざるを得ないだろう

昨日から足を設置する形の90度の癖付けをしながら寝た

くるぶしの腫れはいつもの朝のようには治ってなかったが耐えられないような痛みはかろうじてなかったので

この調子で立つことや、摺り足で地面に少しだけ設置するのはできるようになったが

がっつり体重を乗せるのは先週のトラウマもあり怖い

さて、リハーサルが終われば猛烈な本番を迎える

どうなることやら

2024年10月5日土曜日

捻挫から一週間

 一週間経ち昨日は、朝起きて患部以外の左足の伸びができた

起きたてはあまり調子が良くないが、食事後から少しずつ足が着けるようになって、歩行が随分と楽になった

お店のトイレが広くてやりやすい、階段を降りたり登ったりも右足や腕などに負担をかけることなくできるようになったが、右足が左足と同じくらい浮腫んで腫れていた

今朝は、昨日に一本足で数時間昼から仕込みのため立ったまま作業していたのが祟って、なんか右足だけで立っているのがつらい、一晩経っても浮腫が取れていない

右足の負担を減らすためできることは座った状態で作業をやるのだが、特に調理作業などは一旦腕を持ち上げないといけないので、腕がとても疲れる上に、立ってやるほど作業が捗らずになんかストレスが溜まる

なんかこの生活に疲れるなぁって思ってしまった

こういうメンタルになるのはよくない傾向だ

なんとか楽しくしたいがとてもできない

なので、ストレスを取るにはなるべく溜まってる作業を根気強く一つ一つ片付けていくしかないのだ

2024年10月2日水曜日

左足首捻挫

 やってしまった、繁忙期の最中に、しかも10月は激務なのに

考えてみたら、忙しく充実している時にいつも事故を起こしている、それも反対キンの巡る年に

小さい頃から虚弱な私だが、四年に一度のこの年は赤い蛇のせいかタフに動ける、そして、結果事故を起こしている

四年前は、調理場で転んで右目の周りを切る怪我に、謎の左足親指の付け根の痛み、靴も履けない歩くのさえ大変な痛み

整形外科に行っても原因が分からずに薬も貰わずにただ安静にするだけだった

今回は清掃中に段差を超えた着地時に足首を捻って捻挫

睡眠不足気味だったからか油断していた、あり得ないそそっかしさだ

めちゃくちゃ腫れて触れないし動けないほど痛く、10分ほどその場で痛みに耐えじっとしていた

途中気が遠くなりそうな貧血状態にもなり本当にやばいと思った

土曜の夕方だったので病院には行けずにそのまま日曜まで仕事をこなし、月曜になるまで湿布を貼ったりして、全て右足のみで生活していた

店の階段やカウンター水回りの段差がなかなか超えられなくて大変だった、家に帰るために店の前の車道を渡るのも必死

トイレに行くのも、洗濯するにも、ご飯作るにも、身支度するのも全てが筋トレみたいで、そのうちに筋肉疲労やら筋肉痛やらで痛くなり、動くことそのものが苦痛に

とにかく二次災害だけは避けたいので慎重に、休み休み過ごしていた

月曜になり始めて、左足を地面に付けてみようかという気になった、それまでは痛過ぎてとてもそんな気にはなれなかったのだが

右足ケンケンのみで病院に行くのはとても無理で、かかとの内側に重心を一瞬だけ持っていく分には痛みがないので、そうやって騙し騙し歩いて診察を受けに行った

病院でレントゲンを撮った、骨は折れてないが、筋が切れているかどうかは分からない様だ、とにかく固定しましょうということで90度の板を当てられ松葉杖を渡された

松葉杖がとても快適で、これまでは頼りない日傘とバットを杖代わりに移動していたので、力が入らず右足頼みだったのからすれば、随分と楽になったが、今度は腕や胸周りが筋肉痛になり松葉杖をつくたびに激痛が、これはタオルを巻くことで随分と軽減された

支給された痛み止めが効いてか、患部の痛みはだいぶなくなり可動域も広がってきた

それでも、2週間は足をついてはいけないと言われているので歩く時は片足なのでとても不自由だ

月曜の夜にはビニールぐるぐる巻きにしてお風呂にも入ることができて、とても快適に

右足の筋力も付いてきたのかトイレや少しの移動がそんなに億劫に感じなくなってきた


2024年9月20日金曜日

夫との不思議なシンクロ

 前回のブログでは、不思議なシンクロを書いた

誕生石のアクアマリンに導かれて夫と出会った話。

これは、アクアマリンは私のガイドである青い猿のラッキーカラーであり、私の亡くなった父は、古代マヤ暦では、KIN131 青い猿、青い猿、音1

まさに、父が誕生石に同期し、精神を癒し現実世界を導いてくれたのだと思わざるを得ない体験だった

そして、また一つ分かったことには

マヤ暦と易経の関係であるが、自分の一生涯の応答卦というものがあり、これを算出してみたところ、なんと夫のKINナンバーとなったではないか。使命が同じことをせよと言うことか。

マヤ暦で夫との関係性はないが、音については、一緒に仕事をする上では最高の相性だ。

また、古代マヤ暦では、私のガイドも神秘も紛れもなく夫となっている。考え方が違ってそうなのでこれは何とも言えないが。

そして、更に古代マヤ暦では、父と夫は鏡の向こうKIN同士である。私は父を失った後に、父のもう片方の人と出会い結婚したことになる。

それから、鏡の向こうはまだいた。

古代マヤ暦でみたところ、二人の姪は鏡の向こう同士で、妹の方とは私までもが鏡の向こうセットという結果に。姉の方とは、隣同士のKINになっている。

父は青い猿の音1、母は赤い龍の音1、姪は白い風の音1、甥は黄色い人の音1

2024年9月8日日曜日

ガイドの誕生石

 私の誕生石は、アクアマリン

二十代の頃から仲良くさせて頂いていた方が、宝石のコレクターで、その方の勧めで誕生石を持ったのがおそらく33歳頃だったか

アクアマリンが来てから、不思議な体験をいくつもした

私は父を31歳で亡くしている。母と身を寄せて生活していたが、二人でいても、母も私も大きく空いた心の穴を埋められずにいた

そんな時に、前々から欲しかった誕生石、アクアマリンを決心して手に入れた

手元に届いた時は、その美しさに吸い込まれる様な、南の島の澄み切った海の色の様な、透明感ある水色に、いつもうっとりと眺める日々

そして、それが癒しとなったのか、ぽっかり空いていた心の穴が温かい波動で埋められる体験をした

その時は、父の魂が入ってきたのではないかという気がしたが、今は、父の魂がこの石に同期したということは大いにあり得ることだと思う

私だけ和むことができて、母には申し訳なかった

その後しばらくして、GW過ぎに、知り合いの社長さんが、社員旅行でグアムに行くけれど、チケットが一人分余ったので行かないかと誘われ、二つ返事で同行させてもらった

美しい海に浮かぶ島、プライベートビーチでは、透明度の高い水色の海が広がり、アクアマリンの中で見た世界が、現実として広がっている

この石に導かれたのだと直感的に思った。この美しい海で、石の浄化も行った

石との縁、誘ってくださった縁に心から感謝しかない

更にその年の秋には、現在の夫と出会うことに

なんと言っても驚いたのが、この年は、白の時代の13年目で、まさにギフトの年だったこと

更に、結婚したのは、青の時代の一年目。つまり、13年目にソウルメートに出会い、生涯の伴侶と刻印を打った。これはまさに運命通りに生きていたことになる。

分かったことには、私のガイドは青い猿で、青い猿のラッキーカラーはアクアマリン

アクアマリンには、「幸せな結婚」という意味があるという

この石は、私にとっては、エアレンディルの瑠璃瓶の様なものに思えてならない

しかも、古代マヤで父は、KIN131つまり、青い猿、青い猿、音1

まさに、アクアマリンのガイドにより私は、導かれる様に自分の運命を生きていたのだなと

それに気付かされたのも、宇宙との同期なのだと。

2024年9月7日土曜日

店が12周年を迎えた心境など

 昨年のこの時期のブログを読み返していると悶々としていた様だ

これは、実はある事故が起きる、今年の7月まで続いていた

それまで、今の仕事はいつまで続くのかという虚無的で、外的要因に左右されそうな思考で生きていた

これまでの、世の中に対する絶望からくる感情で、感謝はあれど、有り難みが薄かったり、笑っていたとしても、心から笑えていなかったり、そんな激しい虚無感の中で、コロナ後を過ごしてきていたわけです

その事故がなぜ起きたかは、この悶々とした意識が究極に極まった事によるもので、とても大きな衝撃だった、共に憤りも大きかった

何かを何かのせいにして生きていると、積もり積もって大事故になる

お前はいい加減目を覚ませと、神にかつを入れられた、そんな事故だったと直感的に感じた

そして、事故が起きた時の意識も重要で、この程度で済んで良かったと思うこと、なぜこういうことが起きたかを考え、反省し、足りてないものを追求し、それを補う生き方に変えていくこと

この事故のお陰で、これまで見えていなかったものに気付かされ、感謝が溢れた

現実世界は何一つ変わっていないのに、見える世界ががらっと変わった、自分の在り方が変わった瞬間だった

今の仕事の有り難みを、本当の意味で再認識ができ、むしろ、健康が続く限りやらせてくださいと天へ拝み始める自分があった

この本当の意味で再認識ができたことが大きく、その後の態度や、つまり顕現される世界が変わっていった

どんなに酷い現実世界を想像していたことかと、この数年間を本当に勿体無いことをしてしまったと、時折り思い出しては悔い反省する日々

本当の意味がわかった時、意識が変わってから、一月経ったが、陣地の及ばぬ力が働く、宇宙との同期がちらほらと感じられる、こんなことが増えた

有り難い

結果、災難を逆吉へと転じさせた、良いことだったと思はざるを得ない

そんな中で迎えた12周年は、とても清々しい


2024年8月14日水曜日

魂の誕生日に出会った古代マヤ暦

今朝、一般的なマヤ暦とは別に古代マヤ暦があることを知り、早速算出してみた。

全く違う結果が出てきたが、その特性も割とあるなと、むしろこちらの特性がよく出ている様な気がして感心していた。

しかし、どこまで信憑性があるのか、疑念を抱いてしまい横に置こうとしたのだが…

ふと今日のキンを見ると、なんと、

古代マヤ暦の自分の魂の誕生日の日ではないか。

そもそも算出方法が違うので何とも言えないが、これには、宇宙とのシンクロを感じずにはいられない。

今日に、分かりやすく、古代マヤ暦と出会わせて頂いたのだと思わざるを得なかった。


2024年8月8日木曜日

ライオンズゲート最高潮の日に行った店は大はずれだった

営業がてら覗いた知り合いの店が満員でその対面にあり最近新しく出来たであろうぎらぎらとした「うどんとおでん」という看板の店へ流れた

文字通りのおでんと白飯でささやかに夕食ができればという思いだった

雑居ビルの2階にあるその店の入り口まで行くと派手な看板とは裏腹な高級そうな和風の佇まいの入口に、一旦は帰ろうとしたが折角だからと夫が言うので扉を開けた

入った瞬間和食の料理屋風で奥に長いカウンターが伸びている

やはり高級そうな内装ではあるがこの内装でおでんとうどんなのか?他にも違和感が三つ

一つは、スパイスの香り
それから、BGMにボサノバが流れている
そして出迎えた店員は中東風の外国人

奥の席に並んで座るも飲み物を先に注文してくださいと言われて出されたメニューには確かにおでんとうどんのメニューはあるが、頭にスパイスと付けられている

メニューは他にも日本風の肉じゃがや牛すじ煮込みなどの居酒屋メニューがあるがどれも間に薬の文字が入っている

薬膳料理としたいのか、どれも高額、大失敗

仕方なく烏龍茶をまず頼むと、頼んでもないスパイスの効いた豆のお通しが…

仕方なくスパイスおでんとスパイスうどんとスパイス焼飯をオーダー

おでんが直ぐさま出てきたが、味は出汁にスパイスとココナッツミルクと植物性油が混ぜられていて味は悪くはないが温かくない

その後まもなくうどんが出てきた
つゆはおでんのものがうどんにかけられているというものだが、食べた夫の感想はぬるかったそう

そして私が頼んだ焼き飯は随分と時間がかかった
ガス代はある様だが炒めている様子はなく炒め物の匂いもしない

すると友人と思しき黒人が数人入ってきた、そして座るでもなくガヤガヤしたのち出て行った

それから暫くして出てきたスパイス焼き飯は、ぬるい太めの焼きビーフンだった、具材もさして高級なものは入っていない

しかも察するにこれは、先程の外人が別のところで店でもやっていて彼らがケイタリングしてきたものではないかと

他にもスリランカカレーのプレートメニューなどあるが、三〜四千円とかいう価格

間違いない、さっきの外人たちに作らせ運ばせて折半でもしているのではないか

他にも間違って入ってきたであろうサラリーマンが二組

違和感だらけのこのお店…

スパイスの効いた居酒屋メニューに薬と挟んだり、焼きビーフンをスパイスチャーハンとは良く日本語変換したものだと、そこだけは感心した

だが、看板と内装と内容がちぐはぐで二度目はないですね

2024年6月2日日曜日

根のカルマの解消と訃報と

 三月に根のカルマの解消をした時に

遠津御親之神と繋がった体験をした

そう言えばこれ以降に人から念や霊をもらう事がなくなった

肩や首が重たくなり放っておくと頭痛やウィルス感染までいってしまう危険なものだ

だがそういった不調とは無縁でいた

そして五月の下旬から先祖累代の御霊と改めて自分自身の前世の御霊のカルマの解消を始めた

伊弉諾尊は国津神なのか天津神なのかすら分かっていないままに産土様詣りをはじめたが

伊弉諾尊が洗い清めて生まれた底筒男、中筒男、上筒男は

つまりは、

天之御中主神が生んだ天照大神、月読神、素戔嗚だと言っていた神道家がおられた

このことが本当かどうかは定かではないが

伊弉諾尊が洗い清めた池とされるところの鳥居には天津神と記されている

やはりそういう事なのか…

そして、その池に行くと鯉と鳩が沢山居て

最近めちゃくちゃ彼らに懐かれている気がしてならない

一昨日は鳩が頭の上に留まろうとしてくるではないか

さすがにそれは避けたが、まるで天空の城ラピュタみたいやないかいと

最初はそうでもなかったし警戒をされているのは明らかだった

餌を一度も与えた事がないのだが誰か餌付けをしているのは確かだ

生き物の様子を見るのは気持ちが和むのでなるべく池の中を見るようにはしている

そして天津神をお詣りして帰るのが日課だ

今日は朝から夜までイベントが入っていて昨夜の筋肉疲労も抜けきれないままでお詣りできなかったので遥拝をおこなったのだが

その時に後ろへ引っ張られる感覚が来た

繋がったと

そして昼も夜も意図せずにお客様がよく来てくださり

来てくださったお客様に本当に有難いなと思う反面

この陣地の及ばぬ現象はご先祖様、遠津御祖之神様、国津神様、天津神様のお陰であると感謝をした

話は変わるが今日は昨夜の訃報で気持ちが悲しみに溢れていた

仕事に持ち込んではならぬと思うが気持ちに余裕がない自分があるのは明らかだった

バンドメンバーの突然の死、若くしてみんなを置いてった

周りの人たちの気持ちを思うと悲しみが溢れる

反面潔ぎのいい死に方だったと羨ましくも思う

楽しそうにしている主催者やお客さん、複雑な気持ちのまま昼のイベントは過ぎていった

夜のお出迎えの準備をしながらゴーグルズの音源をかける

気持ちは追悼モードにならざるを得ない、悲しみから抜け出せない

夜になりスイングさんが来られてすぐさま訃報の話が出た

やはり分かっておられる方々だと

その話をして下さっただけでも気持ちが少し楽になった

今日と明日とイベントが丸被りで通夜にも葬儀にも行けそうにない

この気持ちのままイベントをこなすのはちぐはぐだがお客さまには関係なくこなすしかなく

かといって追悼の意を忘れる事なく

自然と時間が過ぎてこの悲しみが薄れるのをただただ待つ

明日はもし行けたら産土様に故人の成仏祈願をしようと思う

2024年5月15日水曜日

霊格の高さと根のカルマの解消の話しをつらつらと

根のカルマの解消後に絵本作家ののぶみさんと出会った。

私は常日頃、国防について興味があり、地域と国の平和と自分の店と生活の安定と、これに関わる人々の幸せを常々願って生きている。

おおまじで...

そのため、まあまあ自分は神様的思考と思っていたのだが、のぶみさんを見た時にはこの方の霊格の高さから伺い知れた自分の霊格の低さに打ちのめされ、思い上がりと修行の足りなさを知るところとなった。

毎日、祝詞を奏上し人に優しくし徳を積んでいったとしても、のぶみさんほどの愛情を注ぐパワーが自分の中にあるかというと、全くある気がしない。

私は生まれた時から虚弱で、無理をすると体がついていかないことを経験上よく知っている。そのせいで色々なことを挫折してきたことも確かである。

そのため、割と省エネルギーで過ごす習慣が付いており、全力を出すときは出すが、その後は数日身体が死んだようになるし、正直いって、自分やこの周辺を護ることで精一杯だ。

また、のぶみさんは今世に生まれたり、あの世へ死んで帰る仕組みを説いている方で、そのことが、自身の根のカルマの解消に大いに役立ち、のぶみさんは尊敬する人物でしかない。

また、同時期にある神道家の話しの中でマヤ暦との出会いもあり、自分の生まれてきた使命や生まれ持った特性を知ったことも、大いに自分に対する自信を持つきっかけとなった。

それらのお陰で最近は、悩みが解消され動じない自分がある。

紛れもなく根のカルマは解消されたと確信したのだ。本当の所は、目に見えない世界が見えないのでわからないが、第一段は完了というところなのか。

そして話は飛躍するかも知れないが、神社通いなど繰り返すうちに、今は戦争中であるという認識が深まる。

一連の攻撃から龍神が、つまりは地球を日本を守護する実行部隊の神々が、今身を挺して列島を護っているという事なのだそうだ。

私自身は、目に見えないものが見えない。のぶみさん曰く、こういうことを妖精の前では禁句なのだそうだが、実際に龍も妖精も宇宙人も見えないので信じようがないのだ。しかし、そういうお働きだと解釈している。

それでも私が今世、地球に生まれてきた使命は、恐らく地球を護る事だと確信している。

思い返せば、小学の時は自然が好きで、緑豊かな祖母の家に行くことが何よりの楽しみだった。その頃、国連にも興味があったが、世界のことを理解するには未熟だった。

高校になり地球環境に興味がわき、環境問題を勉強したが、大学受験で進みたかった化学環境工学の道は、挫折した。

大学は滑り止めで受けていた建築が専攻であったが、専門とは別の社会教育主事に興味がわき、そちらの講義は成績優秀であったのに、そちらの進路も公務員しかなくここでもお勉強できない自分の壁にぶち当たり再び挫折。

現実を見たときには、心躍る仕事を見出せずに、やりたかったことは全て諦めて、なすすべなく、平凡な社会人となる。

そんなわけで?笑、地球環境や人道支援などには、小さい頃から魂レベルで携わりたいと思っていた。

こんなことをもう三十年近く忘れていたのだが、ここ最近、思い出し始めた。これが自分の使命だと確信している自分がある。本当に生き辛い半生だった。これからも生き辛くはあろうが、今は自分の本分を思い出せて喜びに満ちている。

地球つながりでいくと、建築の仕事を悶々としていた頃、縁あって素戔嗚がおられる地域に嫁ぎ、素戔嗚のもとで結婚式を挙げることになる。

素戔嗚が地球を守護するお働きであることはご存知の方も多いと思うが、その頃の私などは、その様なことは知りもしない、一般的な家が仏教の人間でした。

夫の家が、先祖代々神道であったことで、初めてその道へ意識が及び始める。ただ結婚式を神社で挙げるということだけは、以前からなぜか自分の中にあった。

これらは全て、守護神である父やご先祖様累代の方々のお陰であると、気付いたのも最近のこと。

その後、縁あって夫が始めたお店も天津神の伊弉諾尊の膝元だったことを知った。

こちらは、はじめはお店を始めたことによる色々な不調から祓いに出会い、そこから地域貢献、日本、地球守護にまで意識が及ぶようになったわけだが、

伊弉諾尊は祓いの神だそうで、地域の災難、災厄を祓い清める働きということだ。敷地内には土俵がある。

あくまで推測だが、土俵は、毎年、九州場所で横綱が土俵入りしていることもあり地震を鎮める意味合いがあるのでは。

縁ある地の産土様が、全て天津神である事を知ったのは、つい昨日のことであったが知識として浮かんでいたものが関連付けられはじめたことに最近気付かされることが多い。見えないお働きに導かれていると思える。

そして自分は、地球を守護する定めにあるとを確信せざるを得ないと、この時代に生まれたことも。

そして、直ちにここ最近の現象であるウィルスや電磁パルスや地震を祓い除けてくださったお力に、お礼と感謝のお詣りをしに向かった。

産土様の鳥居の前には大きな池があり沢山の鯉が泳いでいる。そこには水の神様として石が祀られている。

水の神様と言えば最高神である天之御中主之神しか思いつかないが、本殿ではなくこの鳥居の外の池の敷地の中に祀られていることが、腑に落ちないでいる。

自分が勉強不足で、水の神様も他にもおられるだろうし龍神のことなのかもしれないし伊弉諾尊がその役割かも知れないし、今は関連付いていない。

鯉は滝を登り龍になるという。ここがこの地域を護る要石の役割りなのか。

ここの鯉達も龍としてこの地域を護っているのかも知れない。

自分が神の分け御霊で、地球に生まれて、地球を実行守護する龍だとすれば、虚弱な色白のひ弱な龍のイメージしかなく到底微力でしかない。

だが神一輪を起こすのは日本人であり、日本人は龍の子なのだそうだ。

そんな大事を成し遂げるのが自分とは思ってはいない、ただ導くものが顕現したときに、いつでもその一助になる準備はしておかなければならないと思っている。

この日、鯉がやけに喜んで泳ぎまくって口をぱくぱくして挨拶しているようだった。

鳩もこちらを意識していたし、日頃警戒して寄り付かない雀までもがはしゃいでいる様にわたしの周りに集まってきた。

が、みんな餌が貰えると思っただけかも知れないが。。。この日は、なんか違った気がする。


2024年5月14日火曜日

遠津御祖之神様と繋がった瞬間

 今年三月に根のカルマの解消をする為に、自宅近くの神社へ毎日お詣りをしました。

そもそもなぜこれをしようと思ったのかは、ある神道家がやり方を伝えていたものをたまたま見る機会があったことと、過去世の行いや因果応報ということに関心があったからだろうと思う。

この間、わたしは毎日自宅で祝詞を奏上してから、産土様へ同じ願いを申すために二十一日間通いました。

最終日に、いよいよ自らのお願い事を述べた時に、これまでにない体感を感じました。

いつもお願い事を申した時にはこんなことにはならない。激しい鎮魂状態というか、血が騒ぐような感じというか、言葉では表しようがないのですが。

神道家の方曰く、お願い事を述べた後手を合わせて待っていると体が前に傾いた場合にはその願い事が聞き入れられた合図だと言われていました。

わたしはその時に体がぐらぐらした後に、後ろへ倒れそうになりました。

その時は、聞き入れて貰えなかったのだと、とてもがっかりしました。

聞き入れてもらえなかったのでまた最初からやり直しになると思ったし、そんなに簡単に解消されるわけもないかと思い、機会があればまたやろうなどと考えながら鳥居を出たのでした。

しかし、この産土様にお詣りをしている間に変わったことが幾つかありました。

一つは物事や特に対人に動じなくなったこと、一つは霊格の高い方との出会いがあったこと。

また、これを書いているのはお詣りから二カ月ほど経っていて、最近気付いたことですが首筋に憑き物が、憑かなくなったことです。

そして、大野靖志さんの話を聞き返していて言われていたことには、遠津御祖之神様と繋がった時には後ろに倒れるということです。

遠津御祖之神様と繋がったときの分かりやすい変化としては、人から変わったねと言われるようになるということだそうで。六年前に祓を奏上していた頃、後にパンデミックになり、パンデミック以降に人が戻ったときには、数名の方に、変わったねということは言われましたし、最近でも言われました。

ただそれまで、後ろに倒れそうになる体験はなかったので、まさにあの時、最後のお願いで後ろに倒れたのは、そういうことかと確信に変わりました。

遠津御祖之神様、国津神様、天津神様の認識も朧げの中お詣りし、今少しずつ関連付けられ始めたような気がしている。

今年に入ってから、色々な体験が加速していて、これまでの盲目さ加減が、不思議で仕方がない程に、ぼうっと生きてきた半生を省みている。